芸術作品の波長。

以前、江原啓之さんが
携帯サイトの中で
芸術作品の波長について書かれていて
とても感銘を受けたので
ここに少し内容をピックアップしておきたいと思いました。

芸術って何?と聞かれた時に
返答が困る人って多いと思いますが
1つの指針になる回答だと思います。

「ただこれはね、人それぞれいろんな考え方があると思いますので
私自身が思うスピリチュアリズムの上から見た「芸術」というものについて
まず申し上げておきましょう。
世の中には様々な芸術というのものがあります。表現というものがあります。
それはその人その人いろいろな考え方がおありになるでしょうから
私の答えが全てではないでしょう。
けれども私はあくまでも、私としてスピリチュアリズムの視点からしてこう思う
ということだけを申しあげておきます。
ですから全員が同じように解釈しろとは申しませんが
私自身はこう思います、ということをお伝えしましょう。
まず、芸術においては特にその全てを申し上げるのは難しいので
一番わかりやすい美術、音楽だとかいうところでまず申し上げていきましょう。
その中では、よくありがちなのは、自分自身としての表現「自己表現」ということを
作品に込めていくものでございます。今の自分自身を、等身大を表現していく。
ただ、これに関して言えば、私自身それは芸術だというふうに残念ながら思っておりません。
それはあくまでも個人という「自己表現」であるわけです。
自己表現、よく文学の世界でも言われることですが、小説だとかを書いていても
自分自身のことをすごく書く人がいるんですが。
よくそおいったものは、評価される時に、あなたのことは誰も知りたくないんだと
いうようなことで評価されてしまうことが多いんですね。
例えば、自分自身のことをモデルとして書くにしても、客観的に誰かが読んで
そして何かしらのテーマをそこで理解し、そこから得るというのを
客観性を持って伝えた場合、要するに、自分自身というものを1つのモチーフに
使っただけということであるならば、それでよろしいのですが
ただ自分のひけらかしというものが時々あるんですね。
これは何の価値もない、というふうによく言われます。
それとよく似ていて、そおいった意味で自分の自己表現というだけでは
それは自慰行為に等しいような、芸術とは程遠いものではないかと思う時があるのです。

私はですよ、あくまでスピリチュアリズムの視点から見て、私はそう思うんですね。
本来の芸術とは何かというと、そこに深い哲学がなければならないということです。
例えば1つ申し上げるのは、霊的世界を思い出す、ということです。
その神を思いだすというのは、例えば美しい音楽を聞く、美しい絵を観るということは
そこに感動するということは、そこにあるのは「真・善・美」=神であるわけですから
神をそこで思いだし、感動するんですね。
ですからそれが大事。
じゃあ世の中にはすべて美しい天国のようなものだけが良いのかと言うと
そういうものでもありません。裏映しというのもあるんですね。

例えば

長いので後日に続く。

2017.06.03 | | 時々日記

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プロフィール

ponomariko

Author:ponomariko
兵庫県在住。
成安女子短期大学造形芸術科 日本画コース卒。

見た人の気持ちが優しくなったり
どこか懐かしい
絵を描くことが私の目標です。

パソコンを使った絵は一切描きません。

基本はペン+水彩画です。
イラストの仕事を始めてから
(勤め時代も入れると)約20年以上になります。

他に、西洋占星術、マクロビオティッ
ク料理(正食協会上級コー
ス卒業)、ヨーロッパ一人
旅、初代リカちゃん、
洋楽、昭和歌謡、
70年代文化愛好など
趣味も多彩です。

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